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広尾ガーデンフォレストとは?日赤と三井三菱

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広尾ガーデンフォレストは日本を代表する超高級マンションであり、築10年が経過した今も価格が上がり続けています。広尾には他にもヴィンテージマンションの代表格と言われる広尾ガーデンヒルズがあり、一方こちらは強固なセキュリティで知られます。日本屈指の高級住宅街の中でもこの二つが特にランクの高いマンションとされています。

この記事では、広尾を代表する広尾ガーデンフォレストがどのようにできたのか、広尾ガーデンフォレストの歴史を紐といていきましょう。

広尾ガーデンフォレストとは?

広尾ガーデンフォレストは、全9棟、全674戸からなる巨大なマンション群です。1つの棟と34戸は事業協力者用のマンションであるため、一般的に購入できるのは全8棟の640戸になります。

この8つの棟は、以下の四つの「レジデンス」というエリアで分けられています。

・桜レジデンス

・楓レジデンス

・白樺レジデンス

・椿レジデンス

広尾ガーデンフォレスト内のこの4つのレジデンスは、特に大きな価格の違いはありません。つまり四つ全てのレジデンスが都内屈指の最高級マンションと言えるのです。

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広尾ガーデンフォレストは三井と三菱の合同プロジェクト

広尾ガーデンフォレストのブランド力を高めている一つの要素が、プロジェクトに関わった企業になります。開発や分譲を担当したのが、業界大手の三井不動産と三菱地所です。

三井不動産も三菱地所も様々な都市開発で業績を挙げていますが、それぞれに三井不動産は「ザ・パークハウス」、三菱地所は「パークマンション」「パークホームズ」などの高級マンションで知られています。

その経験とブランド力に加え、「三井と三菱」という長年ライバル関係にある2社が共同で進めたプロジェクトであることに加え、施行はスーパーゼネコンと呼ばれる鹿島建設が担当。あらゆる段階で最高級のサービスが提供できる会社が集まってつくられたのが、この広尾ガーデンフォレストなのです。

ここまで聞いても広尾ガーデンフォレストのブランド力の高さがわかると思いますが、購入する側が気になるのは、建てるまでの過程よりも「買った後」の管理の部分ではないでしょうか。広尾ガーデンフォレストの管理会社は、三井不動産レジデンシャルサービスという三井不動産グループの管理会社になります。三井不動産の管理を一気に引き受けている関連会社で、歴史も50年近く。しっかりとした管理体制で不動産を守ってくれることでしょう。

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このように異なる財閥が手を組み、「広尾」という一等地でプロジェクトを立ち上げたという背景からも、いかに特別な物件かが分かりますね。

広尾ガーデンフォレストは日赤の跡地に建設

広尾ガーデンフォレストは、広尾ガーデンヒルズの北西に建設されました。実はこの土地は、日本赤十字社医療センターから期限付きで借りている土地なのです。

日本赤十字社医療センターは自社再設備のための資金が必要だったので、所有地であった現広尾ガーデンフォレストの場所をみずほ信託銀行に貸し出したのです。

その結果、50年間という定期借地で借りた場所に広尾ガーデンフォレストが建設されたので、2063年までには建物を解体し更地として日本赤十字社へ返さなければなりません。

広尾ガーデンフォレストの購入を考えている人は、「数十年後には更地になる定期借地権付分譲マンションである」ことを頭に入れておきましょう。

広尾ガーデンフォレスト周辺の歴史

広尾ガーデンフォレストのブランド力を高めている要素の一つが「広尾」という地域です。都内屈指の高級住宅街として「広尾ブランド」とも称される広尾ですが、なぜここまで高級住宅街がひしめく場所となったのでしょうか。広尾という街の歴史を知ると少し見えてきますよ。

広尾の歴史

現在の広尾の特徴として、「外国人がたくさん住んでいる」というイメージがあるでしょう。その理由の一つが大使館です。

江戸時代より広尾という地域には、各諸大名が作った武家屋敷が多く点在していました。しかしペルーの来航により江戸幕府が幕を閉じたことで、武士がいなくなり空き家となった武家屋敷だけが残されることとなりました。武士の時代が終わると共に日本は開国となり多くの外国人がやってきたため、武士がいなくなくなった武家屋敷の跡地に「外国人のための場所」、つまり大使館が建てられたのです。

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武家屋敷の跡地が多かったということ以外にも、広尾に大使館が集まった理由があります。

・広尾が小高い丘になっていて湿気が飛びやすい

・広尾に大使館が集中することで警備が楽になる

日本は諸外国に比べて湿気が多いため、外国人にとっては住みにくいと言われています。これが少しでも払しょくできたのが広尾なのです。また、日本政府としては「一か所に各国の要人が集まることにより、警備する場所も限定出来る」というメリットもありました。このような理由から広尾周辺に大使館(当時は呼び名が違いましたが)が集まってきたのが、100年以上前の話です。

そして現在では、マンションやスーパーの多くが外国人仕様で外国人が安心して住める街ということから、大使館関係者はもちろん、近隣の外資系企業に勤める多くの外国人や国内のエリートが住むようになりました。こういった歴史的背景が、「広尾」という独特の街を形成したのです。

広尾周辺の史跡

広尾は日本屈指の高級住宅街なので、様々案高級なレストランなどのイメージが強いですが、先にも述べたように歴史的に様々な影響を受けてつくりあげられた街でもあります。そのため、様々な歴史の史跡も今も残っていますので、ご紹介しましょう。

◆麻布山 善福寺

麻布山 善福寺は、824年に空海が開山したとされる由緒ある寺院です。麻布山という小高い丘の上に建設された寺院で、本堂が大きくて立派で見ごたえがあります。この本堂は港区指定文化財に登録されている歴史的にも重要な建造物です。

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この本堂の裏には、麻布山幼稚園という人気の幼稚園があります。また本堂の目の前は、日本で初めてのアメリカ合衆国公使館が建てられた場所で。この公使館がのちのアメリカ大使館となります。現在は公使館の建物は既になく、木が一本生えているだけになります。

◆櫻田神社

六本木ヒルズの近くにある櫻田神社は、1180年に源頼朝の命で現在の霞が関につくられ、1624年に現在の場所に移されたという歴史ある神社です。また、新撰組で有名な沖田総司がお初参り(お宮参り)をしたことでも有名で、「沖田総司ゆかりの地」として、新撰組や沖田総司のファンが今も多く訪れています。最近流行りの櫻田神社の御朱印には、新撰組のシンボルマークや沖田総司の家紋が施され、「沖田総司ゆかりの地」と書かれているのもファンにはたまらないですね。

また、沖田総司だけではなく「港七福神」の寿老人としても有名で、近隣の7つの神社を回って七福神巡りをする方々も多く訪れます。

このように新しく高級なお店だけではなく、1000年以上も前に建てられたような歴史ある場所もたくさんあるのが広尾の魅力です。足を運んだ際にはぜひ近隣を散歩してみてください。高級で洗練されたイメージの広尾ですが、「〇〇武家屋敷跡」なども複数あり、意外とレトロなエリアも残っていて驚くと思いますよ。

リスト サザビーズ インターナショナル リアルティ 広尾支店 高田 一洋

<筆者PROFILE>
リスト サザビーズ インターナショナル リアルティ 広尾支店
支店長 高田一洋

金沢大学工学部(機能機械工学科)卒業後、大手コンサルティング会社勤務を経て、リストグループ入社。
保有資格:宅地建物取引士  2級FP技能士  賃貸不動産経営管理士  相続診断士  住宅金融普及協会住宅ローンアドバイザー  損害保険募集人資格